島根県隠岐の島で、竹島関係調査を行いました。(2016年5月29日)

 

竹島漁猟従事者の妻や孫の皆さんより、貴重な伝承すべきお話を伺いました。

竹島漁猟従事者の妻や孫の皆さんより、貴重な伝承すべきお話を伺いました。

5月29日、島根県隠岐の島・久見竹島歴史館の開設記念式典の後は、午後の時間を使って竹島関係調査を行いました。

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まずは久見集会所に場所を変え、竹島漁の関係者と面会し、実体験に基づいた貴重なお話を伺いました。
・竹島漁猟のパイオニア、石橋松太郎さんの孫、佐々木 恂さん(83歳)
・竹島及び隠岐で使用した「かんこ舟」の製作者、竹島でのリン鉱石採掘者、竹島での韓国人不法漁業者の発見者、浜田正太郎さんの妻、浜田ヤスミさん(99歳)、長男の妻ヨシ子さん(71歳)

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左端のおばあちゃんは99歳!まだまだ元気です。

 

続いて、今回は腰を痛めて出席できなかった八幡昭三さんの家にお見舞いがてら訪問しました。

竹島絵図面を説明してくれた八幡昭三さんを見舞う。

竹島絵図面を説明してくれた八幡昭三さんを見舞う。

昭三さんは、10年程前に私が最初に隠岐の島を訪ねた際、竹島のアワビ漁や、アシカが子どもを産む洞窟や竹島で唯一真水がれる洞窟など、島の様子を詳細に描いた絵図面をもとに竹島問題を教えていただいた方で、島を訪れる際に毎回お世話になっている古い友人です。

 

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 急な山肌にある、久見の共同墓地。
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次に、竹島でのアシカ許可漁業者の三家(池田、橋岡、八幡)の墓参りを行いました。
久見浜の共同墓地は急な山肌に各家が寄り添うように静かに佇んでおりました。それぞれのお墓は子孫によって代々守られており、墓石には竹島漁に関する記述もあります。
さらに墓地を登ると、途中に久見浜が一望できる崖地があり、そこからは湾の直線158キロ先にある竹島の方角がわかるようになっています。
かつて竹島に渡った人々は、墓地に眠っても竹島を眺め続けているのです。

指先の158キロ先に竹島がある。

指先の158キロ先に竹島がある。

 

墓地の急坂を登りきると、神道青年全国協議会によって最近建立された竹島の石碑が、これまた竹島の方向に向け立派にに建っております。その先は2013年にユネスコ世界ジオパークに認定された隠岐の島ジオパークのキャンプ場です。

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神道青年全国協議会による竹島の碑。この海の先に竹島がある。

神道青年全国協議会による竹島の碑。この海の先に竹島がある。

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久見浜湾と隠岐の島と竹島の関係位置図。

久見浜湾と隠岐の島と竹島の関係位置図。

 

島の内・外に地層の衝突で隆起した崖が。大雨の時は、自然の滝が幾筋も出現するという。

島の内・外に地層の衝突で隆起した崖が。大雨の時は、自然の滝が幾筋も出現するという。

 
さらに、西郷港にある水祖神社での中井養三郎(竹島漁猟合資会社代表・明治政府よりの竹島漁猟許可者)寄進の玉垣の視察。
竹島及び隠岐のサザエを利用した缶詰や貝殻ボタンを製造していた森山缶詰め工場土地を見て、往時を偲びました。

かつて竹島漁猟の無事を祈願した、水祖神社にお詣り。

かつて竹島漁猟の無事を祈願した、水祖神社にお詣り。

隠岐の島島内には、竹島に関する様々なゆかりの場所があります。また、後鳥羽上皇が流されて以来の長い由緒ある歴史や、世界ジオパークにも認定された、日本列島が形成される長い時間の中で独自に展開された極めて興味深い自然や地形など、たくさんの魅力満点の地域資産があります。

先日の新藤義孝・東京フォーラムにも来てくれた、池田高世偉副町長。お父さんは、久見のある旧・五箇村村長。

先日の新藤義孝・東京フォーラムにも来てくれた、池田高世偉副町長。お父さんは、久見のある旧・五箇村村長。

 

隠岐の島町・松田和久町長の就任以来の粘り強い活動こそが、竹島問題を支えてきました。出迎えから見送りまで本当にお世話になりました。

隠岐の島町・松田和久町長の就任以来の粘り強い活動こそが、竹島問題を支えてきました。出迎えから見送りまで本当にお世話になりました。

先日の新藤義孝・東京フォーラムにも来てくれた、池田高世偉副町長。お父さんは、久見のある旧・五箇村村長。

先日の新藤義孝・東京フォーラムにも来てくれた、池田高世偉副町長。お父さんは、久見のある旧・五箇村村長。

私は竹島を含めこれらを相互に連携させ、人々が隠岐の島を訪れたくなる魅力的なシナリオを作ろう。観光と地域おこしを連動させた地方創生戦略を作ってはどうか、と島の人々と話し合っています。
国内はもとより世界中からもっと隠岐の島を訪れる人を増やし、その中で人々の営みの場として存在した竹島について、理解が広がることを期待しているのです。

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世界ジオパークに認定された美しい隠岐の島。実は地球物理学上の驚異の島です。

世界ジオパークに認定された美しい隠岐の島。実は地球物理学上の驚異の島です。

竹島領土問題は、必ず解決しなければならない国家の基本問題です。そのためには、必ず解決させるという断固たる決意を持ち続ける共に、息の長い取り組みを可能とする島経済の持続可能性を高めることが必要です。
私は、竹島領土問題解決に向けた啓蒙・情報発信活動がさらに促進されるよう、あらゆる可能性を追求してまいります。