週刊新藤第210号 どうすべきか、北方領土問題!ロシア大統領訪問への抗議と日本の対応

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1997年 9 月 ビザなし交流にて択捉島を訪問しました。根室から小さな船で 2 日間かかります。ホテルがないためロシア人のお宅に民泊して、島民との対話集会や日本人墓地の訪問を行いました。白砂が広がり草原と森、川ではサケが手づかみできるほどの豊かな自然がありました。


 心配していたことが現実となってしまいました。11月 1 日、ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土の一つ、国後島を訪問してしまったのです。旧ソ連・ロシアの国家指導者として歴史上初めてのことであり、日本としては絶対に受け入れられるものではなく、多くの日本人の心を傷つける許し難い行為です。決して容認することはできません。


◆ 北方領土の歴史的経緯

 我が国はロシアに先んじて北方領土を発見・調査し、1644年、徳川時代には松前藩が「クナシリ」「エトロホ」などの島名を記した世界最古の地図を作成しています。ロシアがこの周辺に姿を現すのは、その後100年以上後になってからです。
 1855年締結の日魯通好条約では、国境を「択捉島とウルップ島の間」と定め、全権代表を務めたプチャーチン提督は「択捉島は日本の領土であることが証明された」と述べています。
 樺太領有を含めこの地域では国境線の変更が複数回ありましたが、北方四島が日本以外の領土になったことはありません。
 事が動いたのは第二次大戦の終戦直前です。1945年 8 月 9 日、ソ連は日ソ中立条約を無視して対日宣戦布告を行いました。同条約は1941年 4月25日に締結され、有効期間は 5 年間だったので、ソ連のこの行為は明らかに条約違反になります。
 ソ連軍は終戦後の 8 月18日に千島列島への攻撃を開始し、28日に択捉島、9 月 1 ? 4 日に国後島、色丹島、歯舞諸島をそれぞれ武装解除、5 日までに千島列島と北方四島を占領しました。
 1951年のサンフランシスコ講和条約で日本は千島列島を放棄しましたが、過去に日ロ間で結ばれた条約に照らしても、放棄した千島列島に北方領土が含まれていないことは明らかです。
 そもそもソ連はサンフランシスコ講和条約には署名しておらず、同条約上の権利を主張することはできません。歴史的・国際法的な経緯を見ても、北方領土が我が国固有の領土であることは明らかであり、第二次世界大戦後、現在もロシアに不法占拠されているのです。


◆ 民主党政権の稚拙な外交が原因!

 なぜメドベージェフ大統領は、歴代のロシア指導者が見合わせてきた北方領土への訪問を強行したのでしょうか?
 2012年の次期大統領選挙を考えたロシアの国内対策が主要因だ、という人もおります。しかし、私はなんと言っても昨年秋からの民主党政権による国家主権の軽視、危機意識の欠如による外交・安全保障政策の欠落、軽すぎる言動と軸を失った外交の劣化がロシアにつけ込まれる原因を造ったと考えています。
 鳩山政権による普天間基地移設問題の迷走は、日米同盟関係に深刻な亀裂と不信を呼びました。
 菅政権においてはいまだに有効な打開策を打ち出すどころか、どんどん事態を悪化させており、日本外交はますます弱体化するばかりです。
 そこに中国との尖閣諸島沖の事件が起こり、圧力に負けた船長の釈放から始まり、衝突ビデオの非公開から今回の情報流失事件など、対応のまずさと弱腰姿勢、戦略性のなさはあまりにも脆い現政権の能力の無さを世界中に晒しています。
 これに加え、私が国会で厳しく追及している中国による「東シナ海ガス田の開発強行問題」や、韓国が不法占拠中の「竹島の新たな開発・施設整備問題」など、我が国の領土・領海・資源が犯されているにもかかわらず国民の皆さんに事実を明かさず、相手国に抗議を出来ない現政権による日本外交の稚拙さを見透かし、今がチャンスとばかりロシアは日本のスキを突いているのです。
 鳩山前首相は就任時に「出来れば半年」で領土問題を進展させたいと公言し、ロシア側に対し新提案があるかのような期待を持たせました。
 しかし、結局一度の訪ロも具体的な提案もなく、期待が失望に変わり、しびれを切らしたロシアが日本を見限るかのように今回の行動を起こした、というのが対ロシア外交関係者の分析です。
  9 月下旬のメドベージェフ大統領の北方領土訪問の予告に対し、日本政府はどんな対抗策を打ったのでしょうか?
 外務大臣がロシアのベールイ大使を外務省に呼び、警告を行い、モスクワの日・ロ事務次官級協議で訪問中止を申し入れを行った。表だった動きはこの程度であり、菅総理に至っては、「大統領が北方四島を具体的に訪問するとは受け止めていない」と発言する始末でした。


◆ どうすべきか、日本!!

 私たちは今こそ、自国の領土を守り主権を確立する行動を毅然と、かつ危機感を持って起こさなければなりません。
 実際のところ大混乱の中にある今の政権では、事態の打開は難しいと思われます。事情を聴くために一時帰国させた河野ロシア大使もわずか4 日間で戻してしまいました。対抗処置として切ったカードをいとも簡単に手放してしまう判断は、中国漁船船長を釈放してしまったことと何ら変わりません。
 私は委員長代理を務める自民党・「領土に関する特命委員会」を開催し、日本政府の対応についての声明を発出しました。(私のホームページをご覧ください。)
 まず、第一に我が国は事態を重く受け止め、ロシアに対し厳重抗議を行い、再訪問の無いよう申し入れなければなりません。そして国内外に「北方四島は日本固有の領土」ということを根拠を示しながらはっきり主張すべきです。
 今回のAPEC開催はロシアはもとより米・中・韓をはじめ各国の理解を得られる絶好の機会です。日ロ首脳会談でどこまではっきり日本の立場を伝えられるかは、今後の交渉の試金石になるでしょう。
 この原稿はAPEC会議直前の時点で書いておりますので、本当に心配です。何とかうまく対処できることを祈るばかりです。
 第二に、日本の立場を強くするために、日米同盟の立て直しと、アジアをはじめ友好関係にある諸国との協調体制の構築を図ることです。
 第三に北方領土に関する歴史的経緯等、正しい知識を国民に浸透させるための教育・啓発事業を強化すべきです。
 そのためには北方領土対策にかかる予算を拡充し、政府がその姿勢を示す必要があります。残念ながら、今回の補正予算にそうした経費が追加計上されたことはありませんし、来年度予算要求は10%カットされた状態から査定が始まるのです。
 領土問題交渉は多面性を持ちつつも、相手国との一時的な外交関係の悪化を覚悟してでも、ぶれない姿勢が重要です。さらに、国の在り方そのものに関わることであり、絶対に引くことはできません。今後も政府の姿勢を厳しく質すと共に、私自身も事態の好転に向けた取り組みを続けてまいります。



 新 藤 義 孝