第61号 環境問題と治安対策、「落書き消し」と「ガムの除去」


◆ 落書きを一掃したニューヨーク

 1992年に2,262件の殺人事件を記録したニューヨーク市は、まさに世界有数の犯罪都市でした。
 治安が悪化し続ける同市では、特に凶悪犯罪の取り締まりに力を入れていました。しかし市警察の努力にもかかわらず、中でも地下鉄での凶悪犯罪は多発する
一方でした。そこで、地下鉄を管理する市交通局は、巨費を投じて治安回復に向けたプロジェクトを発足させました。そのプロジェクトとは、意外なことに「落書きを消すこと」だったのです。
 当時、ニューヨークの地下鉄のホームや車両には、いたるところにおびただしい数の落書きがありました。「落書き消しなどの他にもっとするべきことがある
だろう」と批判もありましたが、徹底的に落書きを消していくという作業が続けられ、そして落書きが一掃された5年後には、悪名高かった地下鉄内の凶悪犯罪
が減少し始めたのです。

 1994年にニューヨーク市長に就任したジュリアーニ氏は、地下鉄で成果を上げた犯罪抑制対策を推し進め、市内の落書きを消し、さらには、凶悪犯罪では
なく、万引き・未成年者の喫煙・無賃乗車・騒音・違法駐車・交通違反などの軽犯罪の取り締まりを強化するという方針を打ち出しました。その結果、1993
年と比較すると殺人事件は61%、強姦事件は13%、強盗事件は47%減少し、凶悪犯罪多発都市のイメージを払拭することとなったのです。また、落書きで
有名だった地下鉄も、今では綺麗で安全な乗り物としてニューヨーク市民の足になっています。


◆ 「破れ窓理論」と治安の意識

 落書き消しと軽犯罪の取り締まりによって、なぜ凶悪犯罪が減少し、治安が回復したのでしょうか?
 この考えの元となったのが、1969年にスタンフォード大学のジンバルド教授によって行なわれた、住宅街に乗用車を放置するという実験です。普通の車と
フロントガラスの割れた車をそれぞれ放置しておいたところ、1週間後、普通の車は何の変化もなかったのに、窓の割れた車は次々にガラスを割られ、バッテ
リーなど多くの部品が盗まれてしまっていたのです。

 この研究を発展させたルトガーズ大学の犯罪学者ケリング教授によれば、落書きが多い地域では軽犯罪が多発し、ひいては凶悪犯罪を引き起こすきっかけになるとして、このメカニズムは「ブロークン・ウィンドウ理論(破れ窓理論)」と名付けられました。
 一見無害に思える秩序違反行為であってもそれが野放しにされると、「自分だけではない」という意識から罪悪感が薄れ、「誰も秩序維持に関心を払っていない」というサインとなり、犯罪を起こしやすい環境をつくりだすというロジックです。

 ケリング教授によれば、
・まず落書きを徹底的に消して軽犯罪の取り締まりを強化し、小さな犯罪も許さないという姿勢をアピールする。
・その結果、住民の治安に対する意識が高まり、犯罪を犯しづらい雰囲気が生じる。
・さらに、警察だけでなく、行政や住民が道の掃除をしたり、他人に迷惑をかけていたら注意するというような行為が犯罪を防ぐ大きな力になる。

こうしたプロセスが、凶悪犯罪の減少につながるというのです。


◆ 国内における取り組み

 日本では、2001年に北海道の札幌中央署がこの「割れ窓理論」を応用し、環境浄化対策を行っています。北海道最大の歓楽街であるすすきので駐車違反を
徹底的に取り締まり、併せて地域ボランティアとの協力による街頭パトロールを強化することで、2年間で犯罪を15%減少させることができたのだそうです。
 同じ考え方で、空き缶のポイ捨て防止や落書き防止などの取り組みが、現在日本各地で行われています。


◆ 「M・D・Pかわぐち」 出動!

 今年1月に設立したNPO法人 「M・D・Pかわぐち」。「環境美化と犯罪抑止に資するきれいな街づくり」を目指し様々な企画を展開する若手企業家さんたちの集まりです。
 その皆さんが、先日の日曜日、街路にこびりついたガムを除去するボランティア活動を実施し、私も参加してきました。

 見回してみると、川口駅周辺は、埃で真っ黒になったガムがあちこちに点在しています。踏まれてこびりついたガムは、ヘラなどではなかなか取りきれません
が、130℃の高熱スチームを噴射しガムを柔らかくして、特別の洗浄液を吹き付けるときれいに溶けてなくなります。
 同時に、ポイ捨てされたタバコの吸い殻やペットボトルなどのゴミ拾いも実施し、陽光照りつける中で疲れもありましたが、自分たちの街がきれいになってい
く満足感と達成感で、全員がいい笑顔で活動できました。参加者の一人が、「街がきれいになると、人の心もきれいになるね」と言った一言が印象的でした。


◆ 環境問題と治安対策

 来日したジュリアー二市長は、「魅力的な街は美しくなければならない。日本の都市は非常に美しいので荒廃させないようにして欲しい」と語ったそうです。
 自分たちの住む環境をきれいにすることと治安の問題には、密接な関連があるように思えます。街路のガム駆除の取り組みは小さな一歩ではありますが、こう
した行動が街全体に波及していき、地域の皆さんの環境と治安への意識が少しずつでも変わっていってくれればと願っています。どうか皆さん、ガムの駆除やゴ
ミ拾いをしているボランティアの方たちを街角で見かけたら、ぜひお声をかけて下さい。

新 藤 義 孝