週刊新藤第232号 拙速なTPP参加表明に反対する理由~自由貿易体制構築に必要な戦略と戦術~

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◆ 現時点での参加に反対の理由

 TPP(環太平洋経済連携協定)は多国間による経済連携協定(本稿ではFTAと記します)のことであり、TPP交渉へ参加するか否かは、国政の一大テーマになっています。
 マスコミ報道では、
○賛成論者は自由貿易派であり、成長するアジアを日本経済に取り込むために主張。
○反対派は農業・医療などの個別利益と、日本の伝統や制度を守ろうとする保守の思想。
と分類されているようです。
 本当にそうなのでしょうか?
私は現時点での拙速な参加表明には断固反対する考えであり、自民党も同様の立場を示しています。その理由は国家経済戦略上の判断です。
 私たちの国・日本が再び豊かな国になるためには、人口減少・少子高齢化による消費購買力、労働力の低下という国内の構造的な問題を克服し、長期に渡る経済低迷から抜け出すために、国内の規制緩和や競争力強化をしつつ、世界に新たな市場を開拓するための自由貿易体制を構築する成長戦略が必須です。
 日本の経済的国境を拡げていくことは自民党の基本政策なのです。
 経済産業副大臣として、ペルー・インド・ベトナム等とのFTA交渉に直接関わり推進してきた者として、重要さも良く承知しております。
 私は、TPP交渉参加が、将来の日本のためになるのか、今がその時期なのか、日本の国際経済戦略としてTPP交渉を優先させる理由があるか、という点で野田政権の選択を支持できないのです。


◆ TPPで新たな市場開拓は望めない

 TPPはシンガポール・ブルネイ・チリ・ニュージーランドが締結済みで、加えて米国・オーストラリア・ベトナム・ペルー・マレーシアが参加表明しています。
 この 9 ヶ国に日本を加えたTPPの経済規模は約2000兆円になります。このうち米国のGDPが1300兆円、日本が500兆円であり、実に 9 割が日米で占められることになり、他の 8 ヶ国合わせても全体の1割しかないのです。
 まして 9 ヶ国のうち米豪NZを除く 6 ヶ国と日本はすでにFTAを締結済みです。
 日本が市場拡大を目指すアジア諸国ともすでにFTAを結んでいます。10ヶ国によるTPPの実態は、限りなく日米FTAなのです。


◆ 輸出拡大ができるのか

 日本は貿易立国と言われますが、輸出依存度は17%であり、諸外国と比較して低く、さらに輸出を拡大する余地があります。
 ところが、日本にとって米国は貿易黒字国です。米国からは対日輸入を増やすように要求され続けており、TPPによって日本が輸出を増やせる余地は極めて少ないのです。
 これまでの日米FTA交渉で障害となっていた米や牛肉など農産品の高い関税は、関税を例外なくゼロとするTPPに参加することで米国の要求どうり一挙に解決することになります。


◆ これまでの日本の自由貿易戦略

 今回、野田首相が参加するアジア太平洋経済協力会議(APEC)は、もともと日本の発案でシンガポールとオーストラリアに声をかけ作った会議です。環太平洋の自由貿易体制を作るために、APEC加盟の21ヶ国による経済連携協定(FTAAP)の締結を目標にしています。
 南北アメリカとアジアをつなぐ壮大な構想ですが、21ヶ国の交渉が簡単に決着する訳がなく、可能な国から順次いろいろなFTAの枠組みが出来ています。
 TPPもその一例なのです。これまで日本はアジアをまとめ、米国が南北アメリカ大陸をまとめる。そして日本の仲介で米国が必要以上の脅威を起こさずアジアに入ってくる、というのが日米の経済戦略でした。
 2006年、日本はアジア経済統合のため東南アジア10ヶ国(ASEAN)に日中韓印豪NZの 6 ヶ国を加えたCEPEAを提案しました。
 2007年、その推進機関として東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)を、日本の全額出資により設置し、各国は具体化に向けて行動してきました。


◆ 政権交代による方針転換の余波

 ところが、政権交代後の民主党政権は、これまでの国策を方針転換させ、中国と連携した新たな経済統合策を進めようとしました。それが、鳩山首相の唱えた東アジア経済共同体構想です。
 せっかく進めてきたERIAの出資金は事業仕分けにより、現在半額以下に縮減されています。
 この日本の動きは、同時に起きた沖縄・普天間基地の県外移転宣言と合わせ、米国の日本への不信を決定的なものとしました。
 そして米国はさほど熱心でなかったTPP参加を突然表明したのです。


◆ 唐突な民主党政権のTPP参加宣言

 日本の総理大臣は麻生総理以降、米国から公式招待を受けておりません。米国との協調関係が崩れた後の日本の外交・安全保障環境の悪化は、中国・ロシア・韓国の増長を招き、我が国の国際影響力の低下は目を覆うばかりです。
 昨年10月の国会冒頭 、菅首相の唐突なTPP交渉参加宣言はこうした背景から発せられたのです。
 そして米国がホスト国となる今回のAPECでの交渉参加表明を、国民への説明もろくにせず、党内議論もまとまらず、ましてや自分の閣僚意見の集約も出来ないまま、前のめりになっている野田首相に、私たちは重要な国策決定の判断を委ねられるのでしょうか?


◆ 5つの対米公約(お土産)表明

 APECハワイでの日米首脳会談で、オバマ大統領に対し野田首相は 5 つの公約を表明するようです。
①TPP交渉への参加
②米国産牛肉輸入規制の緩和
③国際結婚に関するハーグ条約参加
④武器輸出三原則の緩和
⑤南スーダンPKOへの自衛隊派遣
 日米最大の懸案である普天間飛行場の移設問題に進展の兆しが見えない中、米側がかねてより要求してきた①から③を全てのまざるを得ない状況に追い込まれ、さらに④⑤をおまけに付けることで、米国との関係強化につなげたいとのことです。
 このような主体性を失った外交を私はこれまで見たことがありません。もちろん米国との同盟・信頼関係は我が国外交の基軸です。
 しかし、相手からの譲歩も成果も得ることなく言われ放題というのは、あまりに情けなく屈辱的です。
 TPPの技術的なメリット・デメリットについては報道等でご覧いただいてる通りです。TPPの枠組み全てを否定するものでもありません。
 しかし今回の交渉参加は、水に落ちた木の葉が強い流れに逆らえず巻き込まれていくようなものです。


◆ 日本は戦略と戦術の再構築を

 日本は、まず懸案の農業競争力強化のための施策を断行しなければなりません。現在の農家戸別所得補償制度は小規模・非効率農家の救済策となってしまっており、早急に見直しが必要です。
 その上で、日本がイニシアチブを取り、他の国が参加したくなるような魅力ある経済連携の枠組みをもう一度探ってはどうでしょう。
 東アジアの広域経済統合のためのERIAは再度テコ入れすればTPPをしのぐ連携が可能ですし、欧州共同体(EU)との経済連携は、関税だけでなく工業標準や社会保障制度まで統合しようとするEPIと呼ぶ世界で初めての試みです。
 日本は拙速を慎み、将来の最適な自由貿易体制に向け、腰を据えた戦略と戦術で取り組むべきです。



 新 藤 義 孝