週刊新藤第196号 硫黄島の英霊に想いを馳せる~日米合同慰霊祭が開催~

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3月3日 硫黄島戦没者追悼・日米合同慰霊祭が行われました。
当日の模様は私のホームページで動画を公開しておりますので、是非ご覧になってください。
 


 3 月 3 日、硫黄島にて今年も日米合同慰霊祭が行われました。かつて戦った者同士が共に集い、慰霊祭を行うのは世界中で硫黄島のみです。
 戦後65年を経ても居住する島民は無く、自衛隊関係者約500人が駐在する南の楽園であり、時間の止まった島です。
 かつてこの島で日米両軍は死闘を繰り広げました。勝った米側の死傷者が、負けた日本側の死傷者を上回る唯一の戦闘として歴史に名を残しています。
 慰霊祭には戦闘生還者や遺族による日米双方の硫黄島協会会員の他、政府から外務・防衛両省の政務三役、国会議員による硫黄島問題懇話会のメンバー、米側からルース大使や米国海兵隊総司令官などが参加しました。
 私は遺族代表として追悼の言葉を述べましたが、この中に硫黄島や祖父をはじめとする英霊の方々、そして戦争と平和への私の想いが全て詰まっています。
 今号では皆さまにその内容を紹介させていただきます。


◆ 硫黄島の英霊たちの想い

 今は穏やかなこの南の島で、いったいどれほどの苦しく厳しい戦いがあったのでしょうか。いったい何のために、どんな想いで頑張ることが出来たのでしょうか。司令官を務めた私の祖父、栗林忠道が娘である私の母、たか子に宛てた手紙にその本当の理由が見える気がします。
「たこちゃん、元気ですか?
お父さんが出発の時、お母さんと 2 人で御門に立って見送ってくれた姿がはっきり見える気がします。お父さんはお家に帰って、お母さんとたこちゃんを連れて町を歩いている夢などを時々見ますが、それは中々できないことです。たこちゃん、お父さんはたこちゃんが早く大きくなって、お母さんの力になれる人になることばかりを思っています。からだを丈夫にし、勉強もし、お母さんの言い付けをよく守り、お父さんを安心させるようにして下さい。それでは左様なら  戦地のお父さんより」
 この島で戦った全ての人たちが想っていたこと、それは、故郷に残した両親や愛する人たちのために何とか頑張ろう、一日でも長く戦い続けることが家族を守ることになると思い、自分たちは苦しさに耐えよう、ということだったのではないかと思います。皆様の無事を祈り、只ひたすらに帰りを待っているであろう、愛する妻や子ども達、両親や兄弟・・・どんなに逢いたかったことでしょう。皆様は大切なものを守るために、自分を犠牲にして頑張りました。圧倒的な兵力差と、食べる物も飲む水もない絶望的な状況になっても、逃げず、くじけず、へこたれず、最後まで決死の戦いを続けたのです。
 太平洋戦争最大の激戦地として、硫黄島の戦いは歴史に名を残すことになりました。
 そして昭和20年 3 月17日、栗林は大本営に宛て最後の電報を打ちました。
「国のため 重き務めを果たしえで 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」
 さらに、残った生存者を集めて訓辞を行いました。
「今、日本は戦いに敗れたといえども、日本国民は諸君の勲功をたたえ、諸君の霊に対し涙して、黙祷を捧げる日がいつかは来るであろう。安んじて国に殉じよう。予は常に諸子の先頭に在り」
 60年が過ぎた頃、この言葉どおりのことが起こりました。硫黄島に関する「散るぞ悲しき」という本が出版され話題となりました。また、「硫黄島からの手紙」という映画が制作され、日本中はおろか世界中の話題となり、この映画を見た人々が皆様のために涙を流し、感謝の想いを捧げてくれたのです。
 硫黄島の英霊の想いはやっと報われた。私たち遺族はそんな風に想っています。


◆ 天皇陛下の詩と4割の遺骨収集

 天皇陛下からは、平成 6 年にありがたい詩を頂戴しております。
「精魂を込め戦いし人 未だ地下に眠りて 島は悲しき」
 しかし、現在までの遺骨収集は8715柱であり、未だ 4 割程度しか済んでいません。残る 1 万 3 千余柱の全員の遺骨が故郷にお帰りいただくまで硫黄島の戦いは終わらないのだと思います。私たち遺族は硫黄島協会の皆様と共に、慰霊事業と遺骨収集を続けていかなくてはならないのです。
 幸いにも 2 年前より政府のおかげで民間のチャーター機が飛ぶようになり、島に渡る人を増やすことが出来ました。今後は私たちの長年の悲願であった、たくさんのご遺骨があると思われる飛行場滑走路下の遺骨収集の実現に向け、政府に強く働きかけを行って参りたいと思います。
 戦後65年、私の祖母も99歳の天寿を全うし、母も伯父もすでに旅立ちました。
 時間が経ち世代が変わっても、私たちは現在の平和が英霊の皆様の貴い犠牲の上に成り立っていることを胸に刻み、決して風化させることなく次の世代に伝えていかなければなりません。また二度と悲しい戦争が起きないよう平和の誓いを持ち続けることが英霊の皆様に報いることだと思っております。


◆ 自らの役を果たす

 以上が追悼の言葉の内容ですが、私はこの島を訪問するたびに、戦争の悲惨さと、愛する人と離れなければならない身を切り裂かれるような悲しみを実感します。
 「自分を犠牲にしてまで守ろうとしたものを、私たちはきちんと受け止めているのだろうか?昔の人の苦労を思えばまだまだやれる。」と自分に言い聞かせ、世界の平和と豊かな国を創るために自らの役を果たさねばならない、と改めて誓うのです。
 私が局長を務める自民党ネットメディア局では「みんなで行こうZE!靖国神社・昇殿参拝ツアー」を右記により実施します。
 靖国神社の奥の院まで昇り英霊参拝を行うと共に、今日本が抱える問題や平和の大切さを一緒に考えようというものです。自民党ホームページで募集中ですので、ご都合がつきましたら是非お申し込みください。


◆ 靖国神社・昇殿参拝ツアー

日  時:平成22年 4 月17日(土) 午前11:30受付
応募資格:どなたでも応募できます(16歳以下は保護者の同伴が必要)。
費  用:昇殿参拝及び遊就館の参観料1000円(当日受付にて拝領します。)
募  集:70名(応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。)
     (自民党HP→LDPラボ→みんなで行こうZE→ツアー申し込み)
締め切り: 4 月 7 日(水)正午まで



 新 藤 義 孝