第156号 日本の航空機産業の挑戦 -MRJを視察しました-



国産ジェット機 MRJ(ミツビシ・リージョナル・ジェット)の開発は、
中小企業にまで波及する製造業の強化が期待されています。


 去る6月18日(水)、三菱重工業㈱名古屋航空宇宙システム製作所において、航空機の製造・開発現場を視察し、関係者の方々から航空機産業の現状につい
てお話をうかがうとともに、今後の展望について意見交換を行いました。今号では、日本の製造業が大きな期待を寄せる航空機産業について考えてみたいと思い
ます。


◆ 航空機産業の特色

 航空機は産業技術の結晶です。1万メートルの高空を時速約 980 kmの高速で長時間飛行するという極限状態において、厳格な安全性が要求されるのが航空機であり、他の機械とは比較にならない程、高度な信頼性が求められます。
 航空機で一度実証された技術が、他の産業分野に転用され、例えば、チタンが最初に用いられたのは戦闘機ですが、それが旅客機に用いられ、今や、自動車、リニアモーターカー、医療器具等にも用いられています。



◆ 我が国の航空機産業の将来像

 日本の航空機技術は、名機ゼロ戦を筆頭に、戦前・戦中は世界トップクラスの技術を持っていました。戦後7年間は研究や生産が禁止されていたため、世界に
大きく水を開けられてしまいました。その後、自衛隊機の修理や練習機の生産等で徐々に回復に向かい、1960年代には我が国初の民間旅客機として、
YS-11が開発・生産されました。このプロジェクトは、技術的には一定の評価を得たものの、生産コストが高く赤字が蓄積したことなどから、1970年代
には製造を中止する結果となりました。
 その後、日本の航空機産業は国際共同開発に軸足を移し、米国のボーイング社や仏のエアバス社の機体製造に参加しています。最新鋭機のボーイング787で
は、機体の35%を日本企業が担当しており、航空機技術の要である主翼をまかされていることは、日本の技術力の高さを示しています。
 日本の航空機産業は売上高 1
兆2000億円の規模にまで成長しています。しかし海外では、戦略的分野である航空機産業へ参入を図るべく、ロシアや中国等の新興国が次々と旅客機開発プ
ロジェクトを立ち上げています。日本が航空機部門で国際競争に勝ち抜くためには、従来の国際共同開発に加え、日本が自前で完成機プロジェクトを手がけ、設
計、開発、型式証明、販売、プロダクトサポートという一連のプロセス全体を担うことが必要です。例えば、日本は部品や素材の面では世界で大きなシェアを
取っておりますが、これらの新しい技術を率先して使おうと思っても、やはり機体を開発しているメーカーに主導権があり、メーカーが使うと決断しないと使え
ないのです。




国産初の旅客機YS-11(左)。日本が開発したF-2戦闘機(右)の技術がMRJに
つながっています。

◆ 国産旅客機MRJの意義

 現在、YS-11以来40年ぶりとなる国産旅客機MRJ(Mitsubishi Regional
Jet)プロジェクトが進行中です。MRJは70席~90席クラスのリージョナル・ジェットと呼ばれる航空機であり、2013年の市場投入を目指して、現
在、三菱航空機㈱を中心に開発や販売が進められています。
 このプロジェクトの政策意義としては、次の 3 点が挙げられます。


◆ ①中小企業への波及効果

 航空機の場合は約300万点(自動車よりも 2 桁多い)もの部品から成り立っており、完成機開発であるMRJプロジェクトへの参加を通じて部品・材料産業が高度化し、これがさらに製造業全体の業務拡大につながります。


◆ ②環境に対するメリットが高い

 MRJの何よりの特徴は、主要部分に炭素繊維を使った複合材料を使用することにより機体の軽量化が図られ、従来の機体よりも燃費が20%も向上している
ことです。また、新型エンジンの開発と機体の形状を工夫したことにより、騒音が他機のなんと 1 / 2
まで抑えられています。しかも、燃料代の節約は航空会社の経営に大きく貢献できることになります。


◆ ③先端技術による競争力強化

 MRJには炭素繊維による複合材成形技術という世界最高の技術が使用されています。薄いテープ上の炭素繊維を何十層にも重ねて高温高圧で焼き上げること
により、繊維でありながらジェラルミンと同等の強度を持ち、はるかに軽量の素材として成型しています。従来は非常に価格が高いという難点がありましたが、
今回は真空の力を利用して炭素繊維に樹脂(ガラス材のようなもの)を浸透させる新工法を編み出し、低コストを実現しています。この技術を他の機体や他の分
野に展開することにより、日本の産業はさらに強みを増すことになります。
 また、MRJは政府専用機としての採用も期待されています。これにより、閣僚クラスが世界中に機動的に出張できるようになるとともに、日本の環境技術の
PRにもなります。


◆ 航空機産業への期待

 MRJプロジェクトを成功させるため、私たちは、研究開発への支援、政府貿易保険の活用を検討するとともに、政府や閣僚によるトップセールスを行っています。
 私も、これまでインド、ベトナム、ペルー、メキシコ、トルコなど各国との通商交渉の中でMRJの紹介を行い、購入を働きかけてまいりました。日本の産業力強化のため、航空機産業への期待は大いに高まっています。


新 藤 義 孝