第63号 全ての戦没者を追悼する国立追悼施設の建設を!


◆ 英霊への参拝と「不戦の誓い」

 中国や韓国からの批判は一向に衰える気配がありません。加熱する靖国神社問題に対し、今回の週刊新藤では私が国会議員時代から思索してきた所見を述べさせていただきたいと思います。

 硫黄島の司令官として戦死した、私の祖父・栗林忠道は、靖国神社の遊就館に特別展示され祀られています。私はこれまでも靖国神社には何度も参拝していますし、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」にも所属しておりました。

「国家のために尊い犠牲となられた方々を想い、その霊前に向かい、二度と悲惨な戦争を起こさないよう改めて平和を心に誓う」
 私は遺族の一人として、憂心の情から為る参拝という行動が政治闘争や外交カードの道具と見なされ、批判されてしまっている現状が無念でならないのです。靖国神社は魂の眠る場所として騒動や世俗から離れ、静かにしておいて欲しいというのが遺族としての素直な気持ちです。


◆ 全戦没者を追悼する施設はどこに

 靖国神社に祀られているのは、国家の一員として戦った兵士だけであり、東京から沖縄まで空襲や市街地戦闘で亡くなった方、広島や長崎の原爆被害者の方たちなど、一般の民間の方は含まれていません。

 
通常、どこの国にも無宗教の国立追悼施設があります。有名なものに、アメリカのワシントンにある、26万人の戦死者が眠るアーリントン国立墓地がありま
す。日本の首相を始め、外国からの賓客はたびたびここを訪れて追悼の意を捧げます。私も大臣政務官として出張した際には、日本政府の一員として訪問させて
いただきました。

 一方で日本においては、戦没者の追悼をしたいという来日した賓客をどこに案内しているのでしょうか?
 
憲法の政教分離の定めにより、宗教施設にお連れすることはできません。外務大臣政務官時代、私は国賓の応対をすることがしばしばあり、そして、そのスケ
ジュールを組む際に、「日本にある戦没者追悼施設を訪問したい」という要望が多くの方からありました。しかし外務省の対応として、「お連れするのに相応し
い場所がない」と丁重にお断りをするしかなかったのです。

 千鳥ヶ淵にある戦没者墓苑は、身元不明者等遺族に引き渡すことのできない遺骨が祀られている場所であり、全ての方の象徴となる施設とは成り得ないのです。

 他国を訪問した際に、その国の戦没者に敬意を表し追悼施設に赴くのは国際的な儀礼です。日本にはそうした無宗教の全戦没者追悼施設がなく、それは国家的な不備だと国会議員時代から指摘してきました。


◆ 国立追悼施設の建設を

 小泉総理の就任後、当時の福田官房長官から国立追悼施設建設に関する報告書が提出されました。しかしその後の議論は進展していません。とりわけ自民党の中に最大の反対勢力があるというのは何とも残念なことです。

 「新施設の建設は靖国神社を軽視することになる」という批判もありますが、新施設は決して靖国神社と競合させてはならず、全く別個の存在としなければなりません。
 新国立追悼施設は、内外の人々がわだかまりなく追悼の意を奉げることのできる平和祈念のための記念碑を中心とする無宗教の施設です。毎年8
月15日には、武道館に花いっぱいの無宗教の祭壇が築かれて、天皇陛下を始め、総理大臣や両院議長・最高裁長官など三権の長が揃い全国戦没者追悼式を執り
行っています。つまり新施設とは、終戦記念日に設置されるこの祭壇を恒久化したものをつくろうという話なのです。


◆ 戦後60年の今こそ決着を

 無宗教の国立追悼施設を建設すべきだという話は、前々からありました。しかし、戦争の当事者や配偶者、そして子供の世代は、戦争の生々しい記憶が残っており、感情的にも、こうした議論を受け容れがたい状況にあったのは無理のないことです。
 ならば、戦後60年を経た今、戦争当事者の孫の世代にあたる私たちこそが、この問題に決着を付けなければならないのです。

 決して外国の圧力からではなく、日本の国家としての平和の願いと不戦の誓いを示すという主体性を持って、一刻も早く国立追悼施設を建設する必要がありま
す。そして何よりも、靖国神社問題が、外交の交渉材料や政治的思惑によって騒がれている現状を早急に解消してもらいたいと思います。靖国神社に眠る英霊の
皆様は、静かに、永遠にお守りしていかなければなりません。

新 藤 義 孝