号外号 イラク邦人人質事件 – 日本の選択 —


ラクで拘束されていた三人の日本人人質が、日本時間15日夜解放されました。何よりも無事に保護することができたことを、素直に喜びたいと思います。政府
並びに関係者の方々の努力に敬意を表するとともに、また、イラクや周辺国関係者のご協力に感謝を申し上げたいと思います。
この武装勢力による一方的で卑劣な行為は、決して許されるものではありません。また、このような不当な圧力に対し、我が国が冷静かつ毅然とした態度で対応したことを評価したいと思います。

 今月8日、イラクで起こった三邦人人質事件。当初からこの事件の犯人グループである武装集団は、「人質の解放のために自衛隊を撤退せよ」と要求し続けています。それは、日本政府の動揺を誘い、日本国民を混乱に陥れることが、目的の一つであるようにも思われます。

 しかし、小泉首相は事件発生直後より、「人質となった日本人三人の救出に全力を尽くす」と述べると共に、「犯人の要求に応じて自衛隊を撤退させる考えはない」と国の内外に宣言し、現在もなおその姿勢を貫いています。
ここでまず私たちが認識しておかなければならないことは、「人質の解放」という課題と「自衛隊の派遣」という国策を、一つのものとして考えず、あくまでも
別の次元の事柄として、冷静に分けて考え、行動しなければならないということです。もし、日本政府が犯人である武装グループの要求を受け入れて自衛隊を撤
退させたとしたら、どのような事態が予測されるでしょうか?

 第一に考えられることは、自衛隊の撤退を行ったとしても、犯人たちが約束通り人質を解放するという保証は何一つなく、逆に次々と日本に対して不当な要求を行ってくるかもしれないということです。
 第二には、急速に国際化が進む今日、世界中の至る所に日本人がいる時代となりました。例えば昨年1年間だけでも、延べ1300万人を超える日本人が海外
旅行をしています。「日本は無法な要求に弱い国だ」というイメージを世界に散らばる他のテロ組織や武装組織に与えてしまったなら、海外旅行、海外留学、海
外赴任の際、そして、日本国内においても私たち日本人が、テロリストにとって攻撃しやすい「ソフト・ターゲット」になってしまい、同じような人質事件が多
発する可能性が限りなく大きくなってしまいます。

 
小泉首相は事件発生直後から今日に至るまで、いささかの動揺も見せずに、いかなる卑劣極まる不当な暴力にも屈しない、確固たる姿勢を貫き通しています。ま
さにその姿は国民の動揺を最小限に留める大きな力であり、と同時に「テロに屈しない、ぶれない日本」という姿勢を示すことで、今回の犯人グループはもとよ
り他のテロ組織や武装勢力に対し、大きな抑止力ともなっているのです。  

 また、この誘拐人質事件を通して、もう一つ確認しておかなければならないことは、「人質の救出に全力を尽くす」という小泉首相の言葉に象徴される「人命
の尊重」という観点です。「一人のいのちは、地球よりも重い」という言葉があるように、人命の尊重ということが最も大事なことであり、政府は現在もできる
限りの手段・方策をもって、人質の解放に向けて最大限の努力を続けているということです。

 私はちょうど一年前、イラク戦争の前後に外務大臣政務官を拝命し、毎朝7時から外務省のオペレーションルームに詰めておりました。その間、私達が最も心
を砕いたのが、退避勧告を無視して入国・滞在してしまう日本人活動家やジャーナリストといった方々のことでした。自己責任で入ったとはいえ、政府は邦人保
護を放棄することは致しません。毎日外務省の職員が、変電所や浄水場、病院等にいる邦人のもとへ出かけ、退避を促し、安全を確認に行ったのです。極めて危
険な情勢の中で、このことがどれだけ我が国の外交活動の負担となったか想像していただけると思います。

 一方で、私はある朝、他国がどのような対応をしているか調べるべきだと幹部会議で提案しました。フランスは、自己責任で滞在している人のことは政府は関
知しない、英国は、交戦状態にある国に英国人は存在するはずがないので調べていない、イタリアは、政府を無視して活動する人については確認のしようがな
い、というふうに、ヨーロッパ各国は政府の活動と個人の自由とを厳密に分けており、我が国の対応との較差が非常に印象的でした。私は当時、記者の方々にこ
のことを報告いたしましたが、何故かこの内容が報道されることはありませんでした。

 私たち日本人が理解しておくべきことは、世界の国々では、「政府の勧告や指示を無視して危険地帯に入り込む人たちは、あくまで個人の自由と意志によっ
て、自己責任のもとに行動した人たちである。よって、国家としてその身の安全や命の保障はできない。」という考え方が厳然と存在しているという事実です。

 今回はこの原稿を書いている時点で、16件48人ものイラクにおける拘束事件が発生しています。各国の対応は様々ですが、日本も多様な価値観が交錯する世界情勢の真っ只中にいることを自覚しなくてはなりません。
「テロや不当な圧力に屈しない」、「どのような状況に日本人がおかれても、政府は人命救助に全力で取り組む」。この2点を世界に示しつつ、一日も早く事件の解決が図られるよう祈念してやみません。

2004年4月13日 新 藤 義 孝